あーっ!こりゃKOREA

韓国のニュースを中心に送るまとめサイトです。 日本のこともたまに掲載します。

    在日コリアン




    何が言いたいんだ()?


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    それで?2



    1: Felis silvestris catus ★ 2021/04/11(日) 14:34:03.12 ID:CAP_USER9

    https://news.yahoo.co.jp/articles/2b16c19c097187081420552660ed6c83557ec17d
    3月初めに韓国に再入国した後、韓国で外国人として暮らすということは本当に大変なことということを改めて実感している。2002年に初めて韓国に留学した後、その後これまで合わせて5年半にわたり韓国に暮らしたが、いまのように暮らしにくいと感じたことはなかった。周りの韓国人はいつも親切でたくさん助けてくれるが、自立的に生きられない状況が苦しい。

    まず外国人登録証発行まで時間がとても長くかかるという点だ。日本出国前に韓国領事館でビザを受け取った時に「入国後1カ月以内に外国人登録をしなければならない」と聞いた。入国して2週間の自己隔離期間に外国人登録申請をしに行くことはできなかった。隔離中に申請予約をしたが約1カ月後の4月1日が取れた。

    予約日に合わせこの日申請に行きもう一度驚いた。外国人登録証を受け取れるのは6週間後の5月13日ということだ。以前は申請後10日ほどで受け取れた記憶がある。職員に「なんでそんなに長くかかるのか」と尋ねたところ、「留学生が多くて」と答えた。私が過去に申請した時もすべてほぼ同じ時期だったが、今年は特に留学生が多かったのか。新型コロナウイルスにより留学生は少ないと思っていたが意外だった。

    ◇外国人登録証なければ携帯電話開通できず

    外国人登録証がないということは身分証がないという意味だ。パスポートはあるが住民登録番号に代わり外国人が使う外国人登録番号がないのだ。外国人登録番号がなければできないことが多い。

    私は昨年7月末に日本に出国する際に外国人登録証を返却したが、再び韓国に来て暮らすつもりでこれまで毎月家賃も携帯電話料金もきちんと支払ってきた。ところが新型コロナウイルスで韓国に戻れなくなり日本にいる間に通信会社から「使用中の携帯電話は完全に出国した外国人の名義と確認された」という連絡がきた。近くビザを取って再び韓国に入国する予定なので少しだけ延長してほしいと頼んだが2月に強制的に解約された。

    そのため5月13日に外国人登録証を再び得る時まで自分名義の韓国の携帯電話を持つことはできなくなった。韓国の携帯電話がなければ各種決済をはじめ不便なことはひとつやふたつではない。特に最近は新型コロナウイルスのためカフェや食堂に入るたびに韓国の電話番号が必要で、なければ外国人登録証を提示しろという。2つともない私はそのたびにわずらわしい状況になる。最近は友達名義の電話を臨時に使うことにした。

    私はそれでも賃貸契約した家があり大丈夫な方だ。韓国で完全に新しく生活を始める外国人はさまざまな契約をしなければならないのに外国人登録証がなければ難しいことが多いだろう。

    (略)



    引用:https://fate.5ch.net/test/read.cgi/seijinewsplus/1618119243/


    【元朝日新聞記者・成川彩「在日コリアンの民族教育、日本人の問題でもある」「外国人の活動難しければ韓国にも助けにならない」】の続きを読む




    つまりNHKが捏造した…と()!

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    正気の沙汰4


    1: Felis silvestris catus ★ 2021/03/25(木) 17:56:51.69 ID:CAP_USER9

    https://news.yahoo.co.jp/articles/8595e17805f4d292c09367a8e46a08ebde19b885
     24日、日本で「野球の聖地」と呼ばれる兵庫県西宮市内の甲子園球場。選抜高等学校野球大会(春に開催される甲子園大会)に初出場した韓国系の京都国際高校が延長戦の末、柴田高校(宮城県)に5-4で逆転勝ちした。甲子園の伝統に基づいて、相手チームが不動の姿勢で敬意を表する中、京都国際高校の韓国語の校歌が鳴り響いた。これより前の1回裏の攻撃が終わった後、全出場校の校歌を紹介する伝統に基づき、同校の校歌が初めて甲子園球場で歌われた。校歌は2回ともNHKを通じて日本全国に生放送された。

    ■「世界で最も住みやすい国」2020年版発表、韓国17位、日本は?

     三塁側スタンド席に座っていた約1500人の京都国際高校応援団は感激した表情で校歌が放送されるのを見守った。同校の王清一(ワン・チョンイル)元理事長は「韓国語の校歌が放送された時、流れる涙が止まらなかった」と言った。韓国の大学への入学を目指して勉強中だという3年生のクロカワ・アスカさんは「甲子園球場で校歌を聞けて、本当に気持ちが良かった」と笑った。京都国際高校は27日に2回戦に臨むが、この時も再び校歌が放送される。

     選手全員が日本国籍の京都国際高校は同日の試合で、6回まで2-0とリードされていたが、7回表の満塁のチャンスで3得点し、逆転に成功した。その後、柴田高校が1点を返して延長戦に突入したものの、10回に2点を入れて、5対4で勝利した。朴慶洙(パク・ギョンス)校長は「ほかの学校とは違い、グラウンドが小さくて外野練習は別の球場を借りてやってきた。このような状況でも甲子園に進出して1勝するなんて、本当にありがたい」と語った。

     京都国際高校は全生徒数が131人に過ぎない。このようなミニ学校が日本全国約4000校の野球部のうち、32チームしか出場できない選抜高校野球大会に、外国系の学校としては始めて出場した上、初勝利まで挙げたのだ。このため、100年近い歴史を持つ甲子園大会で、「驚異的な記録を立てた」という評価をされている。この試合を見るため、24日朝から在日僑胞(在日韓国人・韓国系在住者)たちは貸し切りバス20台に分乗して甲子園球場に集結した。大阪にある同じ韓国系学校の建国高校や金剛学園高校からも生徒が来て応援した。

     1947年に在日僑胞たちが建てた同校は、1990年代に深刻な経営難に陥った。生徒数が減ったため、学校を存続させるために1999年に創設したのが野球部だった。その時から野球に興味のある生徒が来始めた。2004年に日本の学校教育法第1条の適用を受ける学校に転換、今では韓国教育部と日本文部科学省の財政支援を受けている。日本の生徒が60%以上なので、事実上「韓日連合」の性格を持つ。当時理事長を務めた在日本大韓民国民団(民団)京都府地方本部のイ・ウギョン顧問(87)は「学校の性格を変えて日本の生徒を受け入れることにした時、『学校を売った』と批判された。我が校の卒業生や生徒たちが韓日関係を明るくするという考えを持つなら、それは正しい判断だった」と言った。


    (略)



    引用:https://fate.5ch.net/test/read.cgi/seijinewsplus/1616662611/


    【甲子園 NHKが京都国際高校の校歌の歌詞で「東の海」と放送 校長「そのような日本語字幕を送ったことはない」】の続きを読む




    「震災をお祝い」したことは忘れていないぞ()!

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    1: Felis silvestris catus ★ 2021/03/14(日) 14:38:24.31 ID:CAP_USER9

    https://news.yahoo.co.jp/byline/pyonjiniru/20210311-00226938/
     東北を中心に東日本一帯で発生した地震は世界地震史上最大規模と言われていた。当然のごとく、被災状況やそれに伴う死者、行方不明者の数は想像を絶した。まさに悪夢だった。

     日本を見舞ったこの未曽有の災難、不幸は世界中に伝わり、台湾、米国をはじめ世界各国から次々と同情と励ましの声が寄せられ、救援隊も続々と派遣された。

     韓国も例外ではなかった。第一陣は5人と数こそ少なかったものの真っ先に緊急救助隊を送り、救助犬を使って、安否不明者の救助を行っていた。そして2日後には新たに102人から成る救援隊が空軍のC-130で被災地の仙台に到着し、本格的に救助、救援活動に乗り出していた。

     韓国国内での日本への支援活動や募金運動もかつてないほど活発だった。李明博大統領自身も駐韓日本大使簡を弔問し、哀悼とお見舞いを述べた。韓国の大統領としては、前例のないことだった。

     韓国メディアは全般的に、歴史問題や領土問題を抱える日本に対して批判的な論調の報道が多いが、この時は保守系、進歩系を問わず日本支援一色に染まっていた。被害の様子や被災者の姿を連日詳細に伝えるとともに、読者に義援金まで呼び掛けていた。

     韓国紙に載った社説や見出しは日本人が驚くほど日本への愛情をストレートに表現していた。

     例えば、「中央日報」は「今、私は日本人だ」の見出しを、また「韓国日報」は「日本のために泣いている」との見出しを掲げ、「日本を助けることは我々を助けることだ」と日本の災害を他人事として受け止めず、自らの「禍」として捉え、日本を助けようと呼び掛けていた。

     また、驚いたことに「東亜日報」には「がんばれ、日本!」、「ソウル新聞」には「深い哀悼の意を表します!」と日本語によるメッセージまで登場していた。極めて異例のことだった。

     この時の「東亜日報」の記者が書いた次の一言は今も脳裏に刻まれている。

     「地殻は日本だけを揺らしたのではなく、玄界灘を越えて韓半島にも未曽有の波動を送った。『がんばれ、日本』。かつて韓民族の地でこのような祈りが公然と、そして挙国的に巻き起こった歴史はなかった。全国民が『がんばれ、日本』を叫んでいる」

     最も近い隣国、隣人として当然のことだ。まして、「朝鮮戦争以来、最大の国難」と言われた1997年の未曽有の金融危機の際に助けてくれたのは他ならぬ隣人・日本であった。日本が金融支援をしなかったならば、韓国は国家破綻したはずだ。従って、恩返しするのは当然のことだ。

     日本で生まれた「在日」にとって日本の安全、平和、繁栄は尊く、いかに大事であるかを痛感している筆者も震災から3日後に「日本の危機を救え!」との見出しを掲げてブログで以下ことを綴った。

     「刻々と伝わる現地の悲惨な状況は見るに耐えがたい。原発事故も重なって今日から輪番停電が始まる。心を一つに、助け合い、協力して、この難局を乗り切らなければならない。日本には218万人の外国人が暮らしている。国民の60人に1人の割合だ。日本国民同様に日本政府に全面協力して、この危機を克服しなくてはならない」と。

     そして、2年後には日本を励まそうと「世界が一目置く日本人、残念な日本人」を出版した。専門外の本はこれが初めてだった。

     拙著では「忍耐力」「団結力」「勤勉」という「底力」がある日本人はこの国難を必ず乗り切れる、と一日も早い復興を祈った。もちろん、「風評」や「買占め」などに走る「残念な日本人」について触れるのも忘れなかった。

     10年経った今も日本人への想いは変わらないが、あれから10年、日韓はより良い関係になると思いきや、残念なことに悪化の一途を辿っている。

     困った時に助け合うのが本来、隣人としてあるべき姿である。いがみあって得るものは何もない。

     両国は「コロナ禍」の今こそ、お互いに協力し、助け合わなければならない。「#あれから私は」



    辺真一 - Wikipedia
    https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%BE%BA%E7%9C%9F%E4%B8%80
    辺 真一(ピョン・ジンイル、なべ・しんいち、ハングル:변진일、韓国語漢字表記:邊眞一、1947年4月12日[1] - )は、在日コリアン二世ジャーナリスト。



    引用:https://fate.5ch.net/test/read.cgi/seijinewsplus/1615700304/


    【【在日コリアン・辺真一】日本人が忘れてしまった震災時の韓国人の親日エール 困った時に助け合うのが本来、隣人としてあるべき姿】の続きを読む




    断る()!

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    断るよ1



    1: Felis silvestris catus ★ 2021/02/28(日) 07:49:19.92 ID:CAP_USER9

    http://japan.hani.co.kr/arti/culture/39264.html
    在日コリアン政治学者の姜尚中氏が探る韓国と日本の共存の未来 
    「韓国は日本を味方にして、日本は朝鮮半島の平和を助けねば」 
     
    『朝鮮半島と日本の未来』姜尚中著、ノ・スギョン訳、「四季」刊、1万5000ウォン 
    在日コリアン政治学者の姜尚中・元東京大学教授(71)=四季提供//ハンギョレ新聞社
    『朝鮮半島と日本の未来』姜尚中著、ノ・スギョン訳、「四季」刊、1万5000ウォン//ハンギョレ新聞社

      『朝鮮半島と日本の未来』は、在日コリアン2世として生まれ、日本で活動している政治学者の姜尚中(カン・サンジュン)氏(71)の著作だ。姜尚中氏は早稲田大学に通った1972年に韓国を訪問し、自身の存在を新たに認識した後、日本名を捨て、本名を使い始めた。ドイツで政治思想史を勉強して日本に戻り、在日コリアンとしては初めて東京大学教授になった。以後、日本政治に対する鋭い分析により時代を代表する批判的知識人として定着した。昨年出版した『朝鮮半島と日本の未来』は、朝鮮半島の和解と平和を熱望する日本のなかのコリアンとして、深刻な膠着状態に陥った韓国と日本の関係を復旧する方法を突き詰める本だ。著者は日本において日本語で活動する学者として、日本社会に向け、朝鮮半島と日本の関係改善がなぜ必要なのかを理解させると同時に、コリアンというアイデンティティを持つ知識人として、韓国政府に向け、朝鮮半島の平和の進展を望むのであれば、韓日関係の悪化を放置してはならないと助言する。

     著者はマクロな観点から、朝鮮戦争勃発から約70年間続いている「分断体制」が、その「終末の開始段階」に入ったという診断とともに本書を始める。2018年の平昌(ピョンチャン)冬季五輪を基点にして3回続けて行われた南北首脳会談と、史上初めて行われた朝米首脳会談が、その「終末の開始」を伝える事件だ。2019年2月のハノイでの朝米首脳会談の決裂以来、膠着局面が長引いているが、広い視野で見れば、分断体制の解体の過程は戻ることができない段階に入ったというのが、著者が信じていることだ。しかし、韓日関係にだけ狭めてみれば、両国は対立の連続の末に「戦後最悪」というほど深刻な不信と反目を体験している。著者は、分断体制の解体と韓日関係の悪化という二つの流れの間に、必然的な関連まではないとしても、無視できない構造的な関連があると診断する。この本は、二つの流れの間にそのような関連が生じることになった地政学的な背景を考察し、韓日両国がこの悪循環から脱し、互恵の関係を回復する道を探る。

    (略)



    引用:https://fate.5ch.net/test/read.cgi/seijinewsplus/1614466159/


    【在日コリアン・姜尚中「日本は朝鮮半島の平和を助けねば」】の続きを読む



    りします!

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    結構です1


    1: 荒波φ ★ 2021/02/27(土) 11:48:22.42 ID:CAP_USER

    ■在日コリアン政治学者の姜尚中氏が探る韓国と日本の共存の未来 「韓国は日本を味方にして、日本は朝鮮半島の平和を助けねば」

    『朝鮮半島と日本の未来』は、在日コリアン2世として生まれ、日本で活動している政治学者の姜尚中(カン・サンジュン)氏(71)の著作だ。姜尚中氏は早稲田大学に通った1972年に韓国を訪問し、自身の存在を新たに認識した後、日本名を捨て、本名を使い始めた。

    ドイツで政治思想史を勉強して日本に戻り、在日コリアンとしては初めて東京大学教授になった。以後、日本政治に対する鋭い分析により時代を代表する批判的知識人として定着した。

    昨年出版した『朝鮮半島と日本の未来』は、朝鮮半島の和解と平和を熱望する日本のなかのコリアンとして、深刻な膠着状態に陥った韓国と日本の関係を復旧する方法を突き詰める本だ。

    著者は日本において日本語で活動する学者として、日本社会に向け、朝鮮半島と日本の関係改善がなぜ必要なのかを理解させると同時に、コリアンというアイデンティティを持つ知識人として、韓国政府に向け、朝鮮半島の平和の進展を望むのであれば、韓日関係の悪化を放置してはならないと助言する。

    著者はマクロな観点から、朝鮮戦争勃発から約70年間続いている「分断体制」が、その「終末の開始段階」に入ったという診断とともに本書を始める。

    2018年の平昌(ピョンチャン)冬季五輪を基点にして3回続けて行われた南北首脳会談と、史上初めて行われた朝米首脳会談が、その「終末の開始」を伝える事件だ。

    2019年2月のハノイでの朝米首脳会談の決裂以来、膠着局面が長引いているが、広い視野で見れば、分断体制の解体の過程は戻ることができない段階に入ったというのが、著者が信じていることだ。

    しかし、韓日関係にだけ狭めてみれば、両国は対立の連続の末に「戦後最悪」というほど深刻な不信と反目を体験している。著者は、分断体制の解体と韓日関係の悪化という二つの流れの間に、必然的な関連まではないとしても、無視できない構造的な関連があると診断する。

    この本は、二つの流れの間にそのような関連が生じることになった地政学的な背景を考察し、韓日両国がこの悪循環から脱し、互恵の関係を回復する道を探る。

    著者は議論を展開する前に、朝鮮半島をめぐる北東アジアの最近の歴史を丹念に見直す。著者が歴史的な検討の出発点にするのは「北朝鮮はなぜ核開発にしがみつくことになったか」という問いだ。

    ビル・クリントン政権の時からバラク・オバマ政権の時まで朝米交渉の歴史をよくみれば、北朝鮮が願ったのは「核兵器保有」自体ではなく「体制の安全の保証」であったことがわかる。

    体制の安全を保証される最も確かな道は、米国と平和協定を結び国交を樹立することだ。北朝鮮がドナルド・トランプ政権に期待をかけ首脳会談に出たのも、そのような理由だった。

    朝鮮半島の南に目を向けてみれば、文在寅(ムン・ジェイン)政府の前に朝米交渉を最も積極的に後押しして南北関係の改善に向け邁進したのは、金大中(キム・デジュン)政権と盧武鉉(ノ・ムヒョン)政権だった。

    しかし、その時期は米国で強硬保守派に政権が変わった時期でもあった。そのため、朝米関係は足踏み状態を脱することができなかった。さらに、盧武鉉政権を継いだ李明博(イ・ミョンバク)政権と朴槿恵(パク・クネ)政権は、苦労して築いた南北関係の熱意がこもった塔を倒した。


    ハンギョレ新聞 2021-02-27 08:21
    http://japan.hani.co.kr/arti/culture/39264.html

    ★1
    https://lavender.5ch.net/test/read.cgi/news4plus/1614384735/



    引用:https://lavender.5ch.net/test/read.cgi/news4plus/1614394102/


    【【姜尚中】「朝鮮半島の平和のためには日本を引き入れなければならない」】の続きを読む

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